「辻立ち」が、私に教えてくれた大切なこと。
辻立ちで得た気づき
これまで、選挙前のいわゆる「辻立ち」に対して、私は正直に申し上げて、それほど大きな意味を感じていたわけではありませんでした。
しかし、実際に場所を変え、一つの交差点に1時間半立ち続けてみると、車の中からでは決して見えてこない、地域の鼓動を感じることができました。
想像していなかった「クルマの流れ」
先日立っていたのは、舞田の変則的な五叉路です。

ここで驚いたのは、私が想像していなかったクルマの流れです。
まず、この写真の左上から交差点へ入ったクルマが鋭角に右折し、そのすぐ先で左折、下方向へ抜けるクルマ。どうやら、工業団地や隣の市へ通勤するための動線となっているようです。
次に、右から入ってきたクルマが、交差点を鋭角で右折、右上へ抜けるクルマ。画面の右上から左下への通りは別所街道と呼ばれる幹線ですが、考えてみると、近くにはショートカットがありません。
つまり、かなりの鋭角を曲がらなくてはならないルートを通る車がとても多かったのです。
この複雑な交差点は、子どもたちの通学路でもあります。
危険な場所であることを子どもたちはよく理解しており、要領を得た様子で、実にしっかりと安全確認をしながら歩いています。それでも、やはり親御さんの心配は尽きないのでしょう。家族の車で送ってもらう児童・生徒の姿も目立ちました。
安心が「歩く」という選択肢を作る
一昨日からは、また別の交差点に立っています。そこには、子どもたちを見守る「おじさん」がいらっしゃいました。
私が子どもの頃には、どの交差点にも「緑のおばさん」がいて、黄色い旗に守られながら学校へ通ったものです。
お話を伺うと、この方が見守りを始めてから、自家用車での送迎ではなく、歩いて通う児童が増えたのだそうです。
「誰かが見守ってくれている」という安心の担保があれば、親御さんも「歩いて行かせよう」と思える。地域の方のちょっとした協力や関わりが、人々の暮らしの習慣や、街の風景を変えていく。そのことを肌で感じました。
交通災害から、歩行者を守りたい
朝の1時間半、交差点に立つことを、ただ顔を売るだけの活動とはしたくありませんでした。
鋭角なカーブを曲がる通勤車両の多さ、子どもたちの健気な足取り、そして地域を支える見守りの手。これらを知らずして、この街のインフラや教育を語ることはできないと痛感しています。これからも、現場で見つけた「気づき」を大切に、皆さんの暮らしに根ざした活動を続けてまいります。














