• ヒューマンエラーと人手不足は技術で解決できる

    公民館から「30トン」の水が消えました

    衝撃の年明け第一報

    私は自治会の会計を担当しています。 電気の契約アンペア数を見直したり、基本料金のかかるガスを一時的に中断したりと、実は見えないところでこまごまとした節約も実践しています。

    そんな私が年明け早々、公民館の会計さんから受けた水道の検針に関する報告に衝撃を受けました。 「そういえば検針員さんが歩いて回っていたなぁ、寒い中大変だなぁ」と思っていた矢先のことでした。

    いつもは使用量「0」、つまり基本料金だけ支払っている公民館(分室)で、今回は30立方メートルも回っていたとのこと。 メーターの回転は止まっており、漏水の可能性は低いとのことですが、それでも30立方メートル(30トン!)という量は、一般的な4人家族が生活する約1ヶ月分の水量に相当します。 これだけの水量が、知らぬ間に流れていたことになります。

    原因は恐らく、冬場特有の「不凍栓(水抜き栓)」の操作ミスか、蛇口の閉め忘れによるものでしょう。 過去にも冬に同様のことがあったそうです。

    アナログ管理が招くリスク

    ヒューマンエラーは誰にでもあります。私がここで問題だと感じたのは、30トンの水が流れ切るまで、誰も気づけなかったという仕組みの方です。

    現在の上田市では、検針員さんが2ヶ月に1回、一軒一軒歩いてメーターを見に来てくれます。 逆に言えば、最大2ヶ月間は、異常があっても誰も気づかないのです。

    海外にはすでに解決策があった

    イギリスに駐在していた当時、仕事先の工場では水道メーターの部品(ケース)を製造していました。 それはフランス製のメーターだったのですが、すでに無線発信機が内蔵されており、検針員が敷地に入らなくても、離れた場所からデータを読み取れる仕組みになっていました。 「さすが先進国は違うなぁ」と強烈に印象に残っています。

    地中には発信機を備えた計量器

    ヨーロッパでは15年以上も前から、こうした「スマートメーター」の普及が始まっていたのです。当時より電源や無線通信が格段に進歩した今では、リアルタイムの状況監視も可能になっています。

    いま公民館にスマートメーターが付いていたら、「深夜になってもメーターが回り続けている」というデータが即座に飛び、翌日には「水漏れしていませんか?」と利用者へ連絡を入れることもできたはずです。 30トンもの水を、みすみす捨てることもなかったでしょう。

    テクノロジーで水道を守るために

    寒い中を一軒一軒ご苦労さまです

    私がイギリスで「過去のもの」として見てきた人力検針が、令和の上田市ではまだ「現役」です。 雨の日も雪の日も歩いて回る検針員さんには感謝しかありませんが、人口減少が進む中、いつまでも人に頼るこのやり方が持続可能だとは思えません。

    大切な資源である水と、私たちが支払う水道料金を守るために、根性論ではないテクノロジーの導入が必要です。

    そして、こうした最新技術への投資を行う体力をつけるためにこそ、今議論されている「水道の広域化」という視点が重要になってきます。

    次回は、この「水道の広域化」について、エンジニアの視点からもう少し掘り下げてお話ししたいと思います。

  • 消費税17.5%の国で暮らした話

    それでも、税金高いなぁと感じることはありませんでした。

    英国で感じた「暮らしの豊かさ」と税のメリハリ

    前回に引き続き、私がイギリスで暮らしたときの話です。今回はもう少し、私の個人的な生活実感、特に「日々の暮らしとお金」についてお話ししたいと思います。

    私がイギリスのバーミンガム近郊で生活していたのは2008年から2009年にかけての1年間ほどです。当時の暮らしで一番衝撃を受けたのが、現地の消費税(VAT)の仕組みでした。

    2008年7月 初めての買い出し

    17.5%の衝撃、でも生活は苦しくない?

    イギリスやヨーロッパといえば、消費税が高いイメージがありますよね。現在、イギリスの標準税率は20%ですが、私が暮らしていた当時も標準税率は17.5%(経済対策で一時的に15%)でした。当時の日本の消費税はまだ5%。レシートを見るたびに「日本の3倍以上か……」と、財布からごっそりお金が減っていくような感覚に襲われたのを覚えています。

    ところが、実際に住んで生活に馴染んでくると、不思議とお金に対するストレスが少ないのです。なぜなら、イギリスの税制には驚くほどハッキリとした思想があるからです。

    「生きるために必要なもの」は課税されない

    端的に言うと、生きていくために必要なものには課税されません。スーパーで買う野菜や肉などの食材は税率0%。知的な生活に不可欠な本や新聞も0%。通勤、通学に必要な公共交通機関の運賃も非課税です。

    自炊をして、本を読んで勉強して、週末には電車で小旅行……そんな生活をしている限り、高い税金をほとんど払わずに済むのです。これは日本の軽減税率のような数パーセントの差ではありません。「課税(標準税率)」か、「非課税(ゼロ)」か。この差は、日々の暮らしへダイレクトに響きます。

    さらに驚いたのが、「子供服」も非課税であること。すぐに体が大きくなり、買い替えが必要になる子供の服は贅沢品ではなく必需品という扱いなのです。私自身には子育ての経験はありませんが、社会全体で次世代の成長を支えるという、先進国としての強い意志を感じたことを覚えています。

    寒い冬を支える、光熱費は「5%」

    イギリスの冬は長く、寒く、そして暗いです。そこで徹底されているのが、電気やガスといった家庭用エネルギーへの配慮です。ここには軽減税率として、5%の税率が設定されています。どうでしょう。「生きるための配慮」を感じませんか?

    ビスケットのチョコは「贅沢」な課税対象?

    課税の線引きもユニークです。例えばお菓子。素朴なビスケットや板チョコは食料品として非課税ですが、これがチョコレートでコーティングされたビスケットになると贅沢品とみなされ、標準税率がガツンと課税されます。

    日本ではテイクアウト(税率8%)とイートイン(税率10%)の差が話題になりますが、イギリスではさらに強烈なメリハリがあります。店内で食べると「外食サービス」なので標準税率。冷たいサンドイッチを持ち帰るなら食料品として非課税ですが、温かく調理されたハンバーガーであれば、持ち帰りであっても「ケータリング」として標準税率になるのです。

    イギリスの代表的な外食「サンデーロースト」

    税のメリハリが、暮らしの豊かさを作る

    生きるための食料は0%、贅沢を楽しむ外食や加工品はしっかり課税。この制度が何をもたらすかというと、自然と家での食事の時間が増えることになります。日常はスーパーで非課税の食材を買い、家で料理を作って食べる。これが結果として、家族の団らんを生み、健康的な食生活にもつながります。

    お金をたくさん持っていなくても、知恵と工夫で、十分に豊かで文化的な暮らしができる。そんなことを肌で感じたイギリス生活でした。生きるために大切なことは何か、という視点を持った税のあり方。イギリスでの日々を思い出すたび、そんなことを考えさせられるのです。

    税制のような大きな話は国会議員の仕事かもしれません。でも、海外にはこういう仕組みがあって、そのおかげでこんなふうに暮らせるんですよ。日本でも見習うべき点があるのでは?という提言なら、私でもできると思います。

  • 「直して住む」を、当たり前の豊かさに。

    快適な空間へとリフォームされた牛小屋が教えてくれた、あるべき「家の未来」と空き家の現実

    今日、ある支援者の方のご自宅を訪問する機会がありました。案内されたのは、かつて牛小屋だったという建物をリフォームした空間。そこは事務所兼応接間として生まれ変わり、木の温もりが漂う、とても居心地の良い場所でした。

    牛小屋が生まれ変わった「集う空間」

    「ようこそ」と迎え入れてくれるその空間は、単なる建物以上に、人が集い、語らうことを待ち望んでいるかのような温かさを持っています。私の家は手狭で、残念ながらこのような余裕のある空間を持つことはできません。正直なところ、憧れます。

    都市とは異なる、中山間地ならではの空き家問題

    こちらの集落にあるかつての市長さんのお宅も、その隣にある私の同級生の実家も、今は住む人がいません。ときどき人が来て、風を通すような空き家は問題ないのですが、そうした管理が行き届かず、人の気配がまったく消えてしまった空き家は、タヌキやハクビシンといった獣たちの格好の隠れ家になってしまうそうです。そこで繁殖した動物たちが周囲の田畑を荒らし、地域に深刻な被害をもたらす。これはアンケートの数字だけでは見えてこない、現場の切実な痛みでした。

    いっそ更地にしてしまえばいいのに、そう思うのは簡単ですが、現実はそう単純ではありません。話を聞けば、解体には500万円もの費用がかかることもあるそうです。さらに、そこには日本の税制が生んだ「空き家を解体できないジレンマ」も大きく立ちはだかっていました。

    更地にすると増税?!

    私は知らなかったのですが、空き家を解体し、更地にすると固定資産税が高くなるんだそうです。 これについて調べたところ、住宅が建っていれば「住宅用地の特例」により、土地にかかる固定資産税が最大で6分の1にまで軽減されるとのこと。逆に言えば、家を解体して更地にした途端、この特例が外れ、税負担が急増してしまうのです。

    「どんなボロ屋でも、残しておいたほうが税金は安く済む」

    支援者の方が教えてくれたこのことは、悲しいかな、経済合理性の観点からは正解だったのです。 (※管理不全空き家に対する特例解除の動きもありますが、多くの所有者が費用と税負担の板挟みになっています。)

    英国に学ぶ「資産」としての家

    一方で、市場に目を向けると、1000万円以下で建てられる低コストな新築一戸建てが若い世代に人気です。古い建物をリフォームしようとすると、かえって新築よりも高くついてしまうことさえあります。ここにも、制度と需要の大きな歪みがあります。

    英国には「プロパティ・ラダー(資産の梯子)」という言葉があり、古くなった家をリフォームしながら住み継ぎ、資産価値を高めていく文化が根付いています。ハウスメーカーによる「スクラップ・アンド・ビルド」方式の効率的な建築がもてはやされ、職人の大工さんによる「直して使う」という貴重な技術が失われつつある日本。それとは対極的に、英国では若い大工さんや設備屋さんが活躍し、また夜の飲み屋でも存在感を示していることが在英時代の印象として強く残っています。

    さらに言えば、空き家がある場所には、既に水道や電気などのインフラが整っています。それなのに、わざわざ田んぼを潰して新しい住宅地を作り、そこにまた新しいインフラを敷設する。人口が減っていく中でこれを行えば、社会全体の維持費はかさむ一方です。

    かつての牛小屋が、あんなにも素敵な交流の場に生まれ変わる。その可能性を目の当たりにし、お話を聞いた今日だからこそ、今の制度の硬直さがもどかしくてなりません。

    新築偏重の社会から、あるものを活かす社会へ。今回の支援者の方のような素晴らしいリフォームが、特別なことではなく、当たり前の選択肢として選ばれるような。そんな、うまい制度を設計できないか、強く考えさせられる訪問となりました。

  • 聴こえの支援から考える、地域産業の新たな可能性

    新年の団らんで気づいた「技術」と「制度」の壁

    松本に住むおば(母の妹)が別所温泉の北向観音へ初詣に来てくれました。近くに住む別の妹も加わり、久しぶりに賑やかなお茶の時間となりました。

    松本のおばは加齢だけでなく、ある疾患の影響もあり、耳が少し不自由です。その日は、普段使っているものとは違う最新型の補聴器をモニター利用していました。値段はかなり張るようですが、なかなか具合が良いようです。腕のアップルウォッチで調整が効くその補聴器はデンマーク製でした。

    あまり知られていないかもしれませんが、実は補聴器の世界市場はデンマークやスイスなど欧州勢が圧倒的なシェアを占めています。福祉先進国である北欧では、聴覚ケアへの公的支援も手厚く、それが産業の発展を後押ししてきた歴史があるのです。

    工作機械エンジニアの視点:なぜ日本は医療部品を輸入するのか?

    私は長年、工作機械メーカーでエンジニアとして働いてきました。その経験から常々感じていた日本の産業構造の歪みがあります。それは、日本は医療機器の輸入超過国である、という事実です。

    胃カメラなどの診断機器において日本は世界をリードしていますが、インプラント、ボーンスクリュー(骨接合用ネジ)、人工関節といった治療用機器(処置用機器)の分野では、海外製品に大きく依存しています。

    厚生労働省の資料によると、日本の医療機器の貿易赤字は年間約8,000億円〜1兆円規模で推移しており、特に前述の治療系デバイスの輸入割合が高いのが現状です。 一方で、これら海外製の医療部品を作っている工作機械の多くは日本製。つまり日本製の工作機械が海外へ輸出され、そこで作られた医療部品を日本が高いお金を払って輸入しているのです。

    福祉と産業を政治でつなぐ

    なぜ、国内でこれらの産業が育ちにくいのでしょうか。その一因として、私は、制度と市場の問題があると考えています。例えば補聴器の場合、日本でも障害者総合支援法による公費負担制度はありますが、認定のハードルは非常に高く設定されています。軽度・中等度の難聴では自己負担が重く、普及の足かせとなっています。私のおばも、公費負担を得ることはできないため自己負担は相当な金額です。(両耳セットで100万円を超えることも!)

    耳が遠くなると会話が減り、認知機能や生活の質(QOL)の低下を招きます。これを防ぐための用具に政治がもっと積極的に補助を出せばどうなるでしょうか。利用者が増えれば国内市場が広がり、企業は安心して参入できます。

    上田から医療産業の革命を

    私たちの上田地域には、世界に誇る精密加工技術の集積があります。自動車部品も医療用部品も、実は使用する工作機械に大きな違いはありません。加工する対象が鉄でもアルミでも、また医療用部品に多く使われるチタンであっても、使う機械は同じなのです。

    しかも、私が所属していたような自動盤メーカーには、単に製品としての「機械」を作るだけでなく、厳しい安全規格に対応するナレッジや生産管理のノウハウがあります。この経験を基に、例えば現在は自動車部品を製造している地元の企業へ、インプラントや補聴器部品といった「医療・ヘルスケア産業」への転換を技術面からコンサルティングし、地域産業のアップデートを後押しすることができます。

    QOL向上のための福祉支援を充実させ、それによって生まれる需要を「地元のものづくり力」で満たす。政治がこのサイクルの呼び水となることで、高齢者が元気に暮らせる地域づくりと、高付加価値な産業の育成を同時に成し遂げられるはずです。日本の医療産業は遅れているのではない、これから伸びる余地があるのです。

    技術畑出身の私だからこそ描ける成長戦略を、ここ上田から発信してまいります。

  • 実体験なき平和教育への危惧

    元社会科教師である親戚の叔父のもとへ新年の挨拶に伺いました。普段は口数の少ない叔父ですが、この日は「おい、やれや」と差し出してくれたお酒を酌み交わしながら、地域教育や戦争の記憶について熱のこもった話を聞かせてくれました。

    「あの時撃たれていたら、今の自分はなかった」

    昭和19年生まれの叔父は、米軍機の超低空飛行に遭遇したことがあるそうです。パイロットの顔が目視できるほどの距離で、母親が身を挺して幼い自分を守ってくれた――後に母からそう聞かされたといいます。 「あの時撃たれていたら、今の俺はなかった…」 その強烈な原体験があるからこそ、叔父は「実体験のない語り部の話は心に響かない」と、昨今の平和教育の在り方に危機感を抱いていました。

    歴史の痛みと向き合う

    話題はコミック『ペリリュー』や、松代大本営の歴史にも及びました。特に、松代大本営を訪れた沖縄の方が「沖縄が本土決戦の時間稼ぎのために戦場となった事実」を突きつけられ、中に入ることすらできなかったという逸話は、戦争がもたらす深い分断と痛みを改めて浮き彫りにするものでした。

    何もできなかった世代の願い

    話題が私の甥のことに及んだ時のことです。チェロにピアノ、トロンボーンと、興味のままに様々な楽器を習う甥の様子を聞いた叔父は、しみじみとこう言いました。

    「何でもやりたいことに挑戦できる『今』は、本当に幸せな時代だなあ。俺たちの頃は、何もできなかったからな」

    戦時・戦後の混乱期を生き、選択肢を持つことすら許されなかった世代の実感。自由に学び、表現できる現在の平和が、いかに貴重なものであるかを突きつける言葉でした。

    現場を知る強みと責任

    別れ際、叔父から「お前には期待している」との言葉を頂きました。 私が遺骨収集活動などを通じて戦場を実際に歩き、肌で感じてきたこと。その経験があるからこそ、語れる言葉があるのだと背中を押されました。

    先人が守り抜いた命の重みと、何でも挑戦できる「今」の尊さ。この二つを胸に刻み、体験に裏打ちされた「生の声」を市政へと届けていくことが、私の使命のひとつであると強く再確認した新春の一日でした。

  • 自動盤の音色が私の原点。 製造業の未来地図構想。

    このたびの私の政治活動の原点は、高校1年生の夏、近所の工場でのアルバイト経験にあります。 そこで出会ったのが、地元企業「ミヤノ」の自動盤という工作機械でした。

    皆様は、自動盤をご存知でしょうか。 金属の棒をセットすると、人の手を借りずに次々と精密なネジや部品が削り出される工作機械です。「チャリン、チャリン」と製品が生まれ出るリズムと、その精緻な動きに、当時の私は強烈な衝撃を受けました。 「こんなにすごい機械を作るメーカーが地元にあるのか」。その感動が、私を技術者の道へといざないました。

    出典 シチズンマシナリー株式会社

    かつて上田地域は「蚕都」と呼ばれ、製糸業で栄えました。その技術的な土壌は、時代の変化と共に精密部品やモーター、センサー用コイルの製造へと受け継がれています。 しかし、私が憧れたミヤノという会社そのものは、今この地にはありません。地域の製造業を支えてきた協力工場のネットワークも、少しずつ形を変えようとしています。このまま地域の「ものづくり力」を衰退させてはなりません。

    目を転じれば、素晴らしい成功事例があります。「千曲川ワインバレー」です。 かつて蚕(カイコ)のために桑畑が広がっていたところは今、ブドウ畑へと変わり、良質なワインを生み出す新たな産業の拠点として再生しました。土地の記憶を活かしながら、時代に合わせて産業を転換させた見事な例です。

    出典 東御市

    農業でできたことが、工業でできないはずがありません。

    私は、この地域に眠る製糸・精密加工のDNAを呼び覚まし、千曲川流域全体を一つの大きな工場と見立てる「千曲川テクノベルト構想」を推進します。 これは、部品加工、熱処理、塗装、組み立てといった工程を、近隣自治体の連携によって地域内で完結させる経済モデルです。

    地域内循環経済の確立

    海外や国内遠地へ送っていた工程を地域内で回すことで、お金と雇用を地元に留めます。

    コストとCO2の削減

    輸送距離を劇的に短縮することで、梱包・物流コストを下げると同時に、CO2排出量を削減。環境に選ばれる産地を目指します。

    豊かな時間の創出

    職住近接を実現し、長距離通勤を減らすことで、家族や地域と過ごす時間を増やします。

    自動盤が金属を削り出すあの力強さを、私は地域の経済再生に重ねています。 かつての桑畑がワインバレーに生まれ変わったように、私たちのものづくり産業も、環境に優しく、高付加価値なテクノベルトへと進化させる。

    現場を知る技術者として、この新しい設計図を皆様と共に実現してまいります。

  • 初詣に思う

    昨年大腿骨を折った母はすっかり回復しました。

    上田招魂社の総代を仰せつかってから、元日は売店でお守りや破魔矢を頒布するという任務が加わりました。 朝は普段通りに起き、家族とおせちや雑煮を囲んで新年を祝います。その後、速やかに近所の八幡社へ初詣を済ませ、すぐさま招魂社へと向かう。これが私の新しい元日のリズムです。

    上田招魂社へ移動。同じ上田城跡公園の中にある真田神社さんの賑わいとは対象的に静かな境内。

    客足が落ち着いた合間、同じ総代の方とペリリュー島での遺骨収集についてお話しする機会がありました。現地の集団埋葬地では、日本兵の遺骨は担架に乗せられたまま、きれいに整然と並んで眠っていました。ひどく傷んだ遺骨も、他の方と混ざることのないよう米軍の雨具(ポンチョ)に丁寧に包まれ、葬られていたのです。

    かつての敵軍が、戦火の中でこれほどまでの敬意を持って埋葬してくれていた。その事実をお伝えしたとき、その方は絞り出すようにこうおっしゃいました。

    「羨ましいなぁ。うちのお父さんは海に沈んだままで、まだ手つかずなんだよ。」

    「羨ましい」という言葉に込められた、何とも言えない寂しさと割り切れない想い。遺族会で活動する先輩の言葉だからこそ、その重みが真っ直ぐに胸に刺さりました。戦後80年が過ぎてもなお、戦没者遺族の心の中では癒えない傷として残っているのです。

    現在、厚生労働省などは平和の語り部事業を推進していますが、今のままでは話したい人と聞きたい人の想いがうまく噛み合っていないように感じます。 語り継ぐ場を作る前に、まず、どうすれば若い世代をはじめ多くの人に戦争の話に興味を持ってもらえるのか。その心の土台作りこそが、今取り組むべき課題ではないか。 そんなことを自問自答しながら過ごした、2026年の幕開けでした。

  • Ready for a New Challenge in 2026

    とうとう令和7年の大晦日を迎えました。

    誰もがそれぞれに人生を歩み、経験を積み重ねておられることと思います。年齢を重ねるにつれ、その経験を自分なりに昇華し、何らかの形で社会に貢献したいという思いは、多くの方が抱かれることではないでしょうか。私の場合は、これまでの経験や知見を、市政の場で役立てたいと考えました。

    正直に申し上げますと、自分が政治の舞台に立つ器であるのか、自問自答の連続でした。

    しかし、イギリスとアメリカでの5年間の生活を通じ、仕組みが人を支える合理的な暮らしや、心のゆとりを大切にする文化を身近に体験してきたこと。これらは今の市政に新しい視点を加える一つの資格になると考えたのです。

    また、小学生の頃からマイコンに親しみ、産業の母といわれる工作機械メーカーで技術者として働き、国内外の製造現場をこの目で見て、問題解決にあたってきたという経験もまた、私の強みとなるかもしれません。実際に戦地を訪れ、今の平和のありがたさを肌で感じた経験から、その尊さを次世代へ発信していきたいという強い思いもあります。

    この志を地元の先輩に打ち明けてから4年が経ちました。会社勤めを続けながら準備を進めてきましたが、これからの活動では皆様お一人おひとりの声を直接お聞きする時間を何より大切にしたい。それが、定年を待たずに退職した理由です。

    来る年、新しい一歩を踏み出す準備はできました。
    私、塩入友広は、令和8年の上田市議会議員選挙へ立候補します。

    技術者の目線で、そして一市民の目線で、上田市の将来に貢献できるよう全力を尽くします。

    2025-12-31
    塩入友広

  • 今日のごはん

    朝ごはん
    献血しました!
    もらいました!
    お昼ごはん
    晩ごはん

    90歳の演歌歌手のおじさんがミシンの修理に来てくれたようですが、手に負えず出直しになったそうです。

  • 今日のごはんと、おやつ

    朝ごはん
    お昼ごはん
    有賀さんから、小田活みやげ
    しゃちほこ
    晩ごはん

    ごちそうさまでした〜

About Me

塩入友広【しおいり・ともひろ】
SHIOIRI Tomohiro
元・工作機械メーカー電気制御設計
活性化で価値向上!

・第二種電気工事士
・第三級アマチュア無線技士
・防災士
・放送大学全科履修生(2023-)
・上田市遺族会西塩田支部長
・元上田市消防団第十六分団副分団長
・元上田市消防団音楽隊副隊長
・元塩田公民館手塚分館長
・元手塚青少年健全育成会長

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しおいり せんきょ

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