2026年1月

  • 実体験なき平和教育への危惧

    元社会科教師である親戚の叔父のもとへ新年の挨拶に伺いました。普段は口数の少ない叔父ですが、この日は「おい、やれや」と差し出してくれたお酒を酌み交わしながら、地域教育や戦争の記憶について熱のこもった話を聞かせてくれました。

    「あの時撃たれていたら、今の自分はなかった」

    昭和19年生まれの叔父は、米軍機の超低空飛行に遭遇したことがあるそうです。パイロットの顔が目視できるほどの距離で、母親が身を挺して幼い自分を守ってくれた――後に母からそう聞かされたといいます。 「あの時撃たれていたら、今の俺はなかった…」 その強烈な原体験があるからこそ、叔父は「実体験のない語り部の話は心に響かない」と、昨今の平和教育の在り方に危機感を抱いていました。

    歴史の痛みと向き合う

    話題はコミック『ペリリュー』や、松代大本営の歴史にも及びました。特に、松代大本営を訪れた沖縄の方が「沖縄が本土決戦の時間稼ぎのために戦場となった事実」を突きつけられ、中に入ることすらできなかったという逸話は、戦争がもたらす深い分断と痛みを改めて浮き彫りにするものでした。

    何もできなかった世代の願い

    話題が私の甥のことに及んだ時のことです。チェロにピアノ、トロンボーンと、興味のままに様々な楽器を習う甥の様子を聞いた叔父は、しみじみとこう言いました。

    「何でもやりたいことに挑戦できる『今』は、本当に幸せな時代だなあ。俺たちの頃は、何もできなかったからな」

    戦時・戦後の混乱期を生き、選択肢を持つことすら許されなかった世代の実感。自由に学び、表現できる現在の平和が、いかに貴重なものであるかを突きつける言葉でした。

    現場を知る強みと責任

    別れ際、叔父から「お前には期待している」との言葉を頂きました。 私が遺骨収集活動などを通じて戦場を実際に歩き、肌で感じてきたこと。その経験があるからこそ、語れる言葉があるのだと背中を押されました。

    先人が守り抜いた命の重みと、何でも挑戦できる「今」の尊さ。この二つを胸に刻み、体験に裏打ちされた「生の声」を市政へと届けていくことが、私の使命のひとつであると強く再確認した新春の一日でした。

  • 自動盤の音色が私の原点。 製造業の未来地図構想。

    このたびの私の政治活動の原点は、高校1年生の夏、近所の工場でのアルバイト経験にあります。 そこで出会ったのが、地元企業「ミヤノ」の自動盤という工作機械でした。

    皆様は、自動盤をご存知でしょうか。 金属の棒をセットすると、人の手を借りずに次々と精密なネジや部品が削り出される工作機械です。「チャリン、チャリン」と製品が生まれ出るリズムと、その精緻な動きに、当時の私は強烈な衝撃を受けました。 「こんなにすごい機械を作るメーカーが地元にあるのか」。その感動が、私を技術者の道へといざないました。

    出典 シチズンマシナリー株式会社

    かつて上田地域は「蚕都」と呼ばれ、製糸業で栄えました。その技術的な土壌は、時代の変化と共に精密部品やモーター、センサー用コイルの製造へと受け継がれています。 しかし、私が憧れたミヤノという会社そのものは、今この地にはありません。地域の製造業を支えてきた協力工場のネットワークも、少しずつ形を変えようとしています。このまま地域の「ものづくり力」を衰退させてはなりません。

    目を転じれば、素晴らしい成功事例があります。「千曲川ワインバレー」です。 かつて蚕(カイコ)のために桑畑が広がっていたところは今、ブドウ畑へと変わり、良質なワインを生み出す新たな産業の拠点として再生しました。土地の記憶を活かしながら、時代に合わせて産業を転換させた見事な例です。

    出典 東御市

    農業でできたことが、工業でできないはずがありません。

    私は、この地域に眠る製糸・精密加工のDNAを呼び覚まし、千曲川流域全体を一つの大きな工場と見立てる「千曲川テクノベルト構想」を推進します。 これは、部品加工、熱処理、塗装、組み立てといった工程を、近隣自治体の連携によって地域内で完結させる経済モデルです。

    地域内循環経済の確立

    海外や国内遠地へ送っていた工程を地域内で回すことで、お金と雇用を地元に留めます。

    コストとCO2の削減

    輸送距離を劇的に短縮することで、梱包・物流コストを下げると同時に、CO2排出量を削減。環境に選ばれる産地を目指します。

    豊かな時間の創出

    職住近接を実現し、長距離通勤を減らすことで、家族や地域と過ごす時間を増やします。

    自動盤が金属を削り出すあの力強さを、私は地域の経済再生に重ねています。 かつての桑畑がワインバレーに生まれ変わったように、私たちのものづくり産業も、環境に優しく、高付加価値なテクノベルトへと進化させる。

    現場を知る技術者として、この新しい設計図を皆様と共に実現してまいります。

  • 初詣に思う

    昨年大腿骨を折った母はすっかり回復しました。

    上田招魂社の総代を仰せつかってから、元日は売店でお守りや破魔矢を頒布するという任務が加わりました。 朝は普段通りに起き、家族とおせちや雑煮を囲んで新年を祝います。その後、速やかに近所の八幡社へ初詣を済ませ、すぐさま招魂社へと向かう。これが私の新しい元日のリズムです。

    上田招魂社へ移動。同じ上田城跡公園の中にある真田神社さんの賑わいとは対象的に静かな境内。

    客足が落ち着いた合間、同じ総代の方とペリリュー島での遺骨収集についてお話しする機会がありました。現地の集団埋葬地では、日本兵の遺骨は担架に乗せられたまま、きれいに整然と並んで眠っていました。ひどく傷んだ遺骨も、他の方と混ざることのないよう米軍の雨具(ポンチョ)に丁寧に包まれ、葬られていたのです。

    かつての敵軍が、戦火の中でこれほどまでの敬意を持って埋葬してくれていた。その事実をお伝えしたとき、その方は絞り出すようにこうおっしゃいました。

    「羨ましいなぁ。うちのお父さんは海に沈んだままで、まだ手つかずなんだよ。」

    「羨ましい」という言葉に込められた、何とも言えない寂しさと割り切れない想い。遺族会で活動する先輩の言葉だからこそ、その重みが真っ直ぐに胸に刺さりました。戦後80年が過ぎてもなお、戦没者遺族の心の中では癒えない傷として残っているのです。

    現在、厚生労働省などは平和の語り部事業を推進していますが、今のままでは話したい人と聞きたい人の想いがうまく噛み合っていないように感じます。 語り継ぐ場を作る前に、まず、どうすれば若い世代をはじめ多くの人に戦争の話に興味を持ってもらえるのか。その心の土台作りこそが、今取り組むべき課題ではないか。 そんなことを自問自答しながら過ごした、2026年の幕開けでした。

About Me

塩入友広【しおいり・ともひろ】
SHIOIRI Tomohiro
元・工作機械メーカー電気制御設計
活性化で価値向上!

・第二種電気工事士
・第三級アマチュア無線技士
・防災士
・放送大学全科履修生(2023-)
・上田市遺族会西塩田支部長
・元上田市消防団第十六分団副分団長
・元上田市消防団音楽隊副隊長
・元塩田公民館手塚分館長
・元手塚青少年健全育成会長

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